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日本(和歌山県)の料理・食材・調理法をまとめています。
和歌山県中部地域で4〜5月の収穫期に、地域団体商標「紀州うすい」のうすいえんどうを米に加えて炊いた春の豆ご飯。
4月から5月のうすいえんどう収穫期に、和歌山県中部地域の家庭料理として食べられる。子どもにも好まれる素朴な一品。
紀伊水道で水揚げされた新鮮な釜揚げ・生シラスを温かいご飯にたっぷりのせた和歌山県の名物丼。
旬は3月下旬〜5月。生シラスは鮮度が命なので産地の食堂で食べるのがおすすめ。釜揚げは通年味わえる。
山菜「イタドリ」を油で炒めた和歌山県の郷土料理。コリコリとした歯ごたえとほのかな酸味が特徴。
春が旬なので、この時期に和歌山県南部の宿泊施設や郷土料理店で山菜料理として探すとよい。
塩漬けした高菜の葉でご飯を包んだ、和歌山県南部の漁師・林業従事者が食べてきた携帯食のおにぎり。
冬から春先にかけて収穫される新宮産の柔らかい高菜を使う店を選ぶとよい。
熊野灘沖で獲れる脂の乗ったサンマを酢締めにして寿司飯にのせた、和歌山県南部のハレの日料理。
秋から冬のサンマの時期、和歌山県南部の老舗寿司店や土産物店で購入できる。醤油をつけずそのまま味わう。
さつまいもともち米(もち粉)を合わせて作る餅。徳島県ではあずき餡を包んだ和菓子として、和歌山県熊野灘沿岸では少ないもち米で満足感を出す知恵から生まれた郷土料理として親しまれる。
徳島県内のスーパーや和菓子店で通年購入可能。家庭でも簡単に作れるレシピが公開されている。
中国から伝わった製法をもとに、なすやうりなどの夏野菜を大豆・麦・米の麹で漬け込んだ、和歌山県湯浅町由来のおかず味噌。
夏の仕込み時期を経て通年、和歌山県湯浅町周辺の味噌蔵や土産物店で購入可能。「茶がゆ」との組み合わせもおすすめ。
全国有数の新しょうが産地・和歌山市で収穫される瑞々しい新しょうがを使った、さっぱりとした夏のご飯もの。
5月から10月の新しょうが収穫期、和歌山県和歌山市周辺の家庭や飲食店で提供。夏バテ・冷え性対策としても人気。
水揚げ量日本一を誇った有田市の太刀魚を、刺身・塩焼き・天ぷら・寿司など多彩に楽しむ和歌山県の郷土料理。
6月から10月の旬の時期、和歌山県有田市周辺の鮮魚店や飲食店で提供。日本一の水揚げを誇った漁港文化を体験したい人向け。
農耕の神様「亥」が山へ帰る旧暦10月の亥の日に感謝を込めて供える、和歌山県の秋の収穫祝いの餅。
旧暦10月の最初の亥の日、和歌山県北部・南部地域の家庭で作られる。わらべうたを唱えて家々を回る風習も興味深い行事食。
「海のギャング」とも呼ばれるどう猛な姿のウツボを食用にする、和歌山県南部地域の珍しい冬の郷土料理。
11月から3月の脂ののった冬の時期、和歌山県南部地域の鮮魚店や土産物店で提供。「海のギャング」の異名を持つ珍しい魚を試したい人向け。
一般的には「ブダイ」と呼ばれる、県南部地域の代表的な磯魚。夏場は独特の磯臭さがあるが、秋から冬にかけては岩場の海藻を主食とするため臭みがなくなって美味になり、肉厚の白身でプリプリとした食感を楽しめる。
11月から1月にかけて刺網漁法で水揚げされる。 郷土の味を試したい人向け。
和歌山県は、全国でも有数のみかん生産量を誇る。特に有田みかんの産地である有田地方は、山という山がみかん畑である。
5月頃になると、みかんの木は段々畑一面に白い花を咲かせ、有田の町全体に良い香りが漂う。 郷土の味を試したい人向け。
「はたごんぼ」は、標高552mの国城山の中腹に位置する橋本市西畑地区で栽培されるごぼうのこと。その名前は、西畑地区の「はた」とごぼうの方言「ごんぼ」に由来する。
農家の日常食として食べられていた。 郷土の味を試したい人向け。
後醍醐天皇の皇子であり、大塔宮(おおとうのみや)とも呼ばれる護良親王(もりながしんのう)は、鎌倉幕府の倒幕運動に早くから参加していた。1331年の「元弘の変」で後醍醐天皇が隠岐に流されると、幕府の追求を逃れるため、わずかな家臣とともに山伏を装って熊野に入った。
正月前になると親芋を皮をむかずに丸ごと二日間かけて煮こむ。 郷土の味を試したい人向け。
日ノ御埼から和歌山市の沿岸部は、海産物が豊富にとれる紀伊水道に面している。平均水深が浅く、太陽の光が海底まで届くため、わかめの生育にも適している。
山登りに持って行ってお弁当として食べたり、ひな節句のお供えものにしたり、正月やお盆など人が集まる時に振る舞ったりする。 郷土の味を試したい人向け。
和歌山県では、「茶がゆ」のことを親しみを込めて「おかいさん」または「おかゆさん」と呼ぶ。「木の国」ともいわれる山の多い同県では米が貴重だったため、少ない米でも満腹になるように生み出された。
和歌山県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
高緯度海域で餌を食べて太ったクジラは、夏が終わると繁殖活動に従事するために低緯度海域を目指し、真冬に熊野灘を通りかかる。それを狙うのが熊野の古式捕鯨であった。
「ごま豆腐」は、弘法大師(空海)が約1200年前に開いた高野山で、厳しい修行の中で食べる精進料理の一つとして生まれたといわれている。 ごまは非常に栄養豊かな食品で、その昔、中国では薬として重宝されていた。
日高地方では、昔からお祝い事や法事、ひな節句、お祭りなど人が集まる行事で「かきまでご飯」が振る舞われてきた。これは、焼き魚の骨で出汁をとり、季節の野菜を炊いて味付けし、酒を入れて炊いたごはんに混ぜ合わせるもので、酢は使わない。
紀の川平野の東部に位置する那賀地方では、稲作を中心に、柿や桃など、気候風土に合わせた作物が生産されてきた。特に、江戸時代に整備された灌漑用水路によって、県下の穀倉地帯として発展してきた。
「こけら寿司」は、すし飯の上に焼いてほぐした魚やしいたけ、人参、卵などをのせ、木枠で押し固めたすしのことで、「押しずし」や「箱ずし」の原型といわれている。すしを押し固める木枠に、屋根をふく「こけら板」を用いたことから「こけら寿司」と呼ばれるようになったという説や、材木を削るときに出る木屑の「こけら」に見た目が似ているために「こけら寿司」と名付けられた、など名前の由来には諸説ある。
有田地方では、昔から田植えや、お盆、秋祭りなど、季節の行事として欠かせないすしとして「なれずし」や、「早ずし」などがつくられてきた。 清水地域では、ばしょうの葉を巻いた「早ずし」がつくられているが、わさびが多く自生していたため、わさびの葉を使った「押しずし」も各家庭で作られており、今では貴重なわさびの葉が手に入るときは,冷凍しておいて活用している。