全29件
日本の燻製を集めました。メニューで見かけたときに、どんな料理か・味の特徴・注文のコツをすぐ調べられます。
サケ目サケ科の回遊魚(Salmo salar、Oncorhynchus nerkaなど種類多数)。脂肪分が高くオメガ3脂肪酸を豊富に含み、アスタキサンチンによるオレンジ色の身が特徴。刺身・寿司・スモークサーモン・ポワレ・グリル・クリームソース仕立てなど世界中で幅広く使われる最も普及した魚介食材の一つ。
魚料理の中でも食べやすい定番。脂が強いため重く感じる場合は柑橘系ソースや塩焼きシンプル系が合う。生食できる鮮度かどうかは店次第。
四角い木枠の中にすし飯をつめ、その上に具材をのせて、上から押してつくる「箱ずし」は、全国に存在する。「箱ずし」の歴史は、握りずしよりも古い。
に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
愛知県は、全国1位のアサリ漁獲量を誇る。中でも西尾市、蒲郡市の漁獲量が圧倒的に多く、渥美半島、知多半島でもとられている。
「さわさわ」は、こんにゃくを具材にした郷土料理である。汁気が多くさらさらと流し込める食感が訛り、そう呼ばれるようになったとされる。
「もっそうめし」とは、握ったごはんを指す。丸や扇などの木型に、すし飯や五目飯を詰めて押し抜いたごはんを「物相飯」と呼び、もともとは修行僧が集団生活を送りながら暮らしていくときに、一膳のごはんで全てを済ませる時の精進料理が起源とされている。
「八杯汁」は、豆腐、干ししいたけ、ねぎを醤油味の汁に入れ、片栗粉でとろみをつける料理である。古くから冠婚葬祭や法事の時の精進料理として食されていた。
切干し大根をかためにもどし、調味料を加えてゆっくり煮含めた料理。冬の栃木県は空っ風が吹き、晴れた日が何日も続くことから、切干し大根や芋がら(さといもの茎を干したもの)等の乾物がよく作られてきた。
横浜市はシューマイの消費額日本一の都市である。全国におけるシューマイ(冷凍食品や飲食店での食事は除く)の年間平均消費額が1,093円であるのに対し、横浜市は2,248円と2倍以上。
昔、徳島の祖谷(いや)地方は山々に囲まれており、米が育ちにくい気候とされていた。その祖谷地方に源平合戦で負けてしまった平家がやってきた際に、米の代わりとなり、なおかつ栽培期間が短いそばの実を育て、そばを作ることが定着したと言われている。
ボウゼの姿寿司やかきまぜ寿司、あめご寿司など、寿司の郷土料理を多く持つ徳島。そんな中、海陽町や牟岐町周辺では「押し寿司」が親しまれている。
みそで味付けた雑炊を指す「おみいさん」。その昔、みそを「みい」と呼んでいたことから、尊敬語の「お」と「さん」を付けておみいさんになったのだという。
「茶ごめ」は甘い豆入りのごはん。煎ったそら豆とざらめ糖とともに米を炊き上げるため、全体的に茶色いご飯に仕上がる。
豚肉がよく食べられる沖縄県では、余すところなく料理に使うことから「鳴き声以外は全て食べ尽くす」と言われている。中でも沖縄県で“中身”と呼ばれる内臓を使った「中身汁」は、「中身の吸い物(なかみのすいもの)」とも呼ばれ、豚の大腸や小腸、胃といった中身を具にし、すまし汁仕立てでシンプルに仕上げた郷土料理である。
豚を余すところなく料理するが、骨付き肉をよく使う。豚の骨付きあばら肉である軟らかく煮込んですまし仕立てにしたお汁が「ソーキ汁」で、「ソーキ骨のお汁」とも呼ばれている。
泉州地域や河内地域で楽しまれてきた日常食で、大豆と干した小魚・えびを一緒に甘辛く炊いたもの。河内地域では「じゃこ豆」と呼ばれることが多い。
「かすべ煮」とはエイの干物(干しかすべ)を甘辛く煮た料理。 北海道や東北地方では、昔から味に少々癖のあるエイを上手に調理して食する伝統があった。
佐賀県から福岡県にまたがって伝承されている「だぶ」は、鶏肉と季節の野菜を入れて作る郷土料理である。煮くずれしやすい食材は使わずに、水をたくさん入れて「ざぶざぶ」に仕上げることから、“ざぶ”が訛って「だぶ」と呼ばれるようになった。
豆腐飯は精進料理のひとつとして食べられていた料理で、主に商家で仏事の料理とされていた。材料が安く、しかも手に入れやすいため、郷土料理として各家庭で作られるようになった。
「イギス」という海藻と生大豆粉を煮溶かし、寒天のように固めたもので、凝固剤などを加えなくても自然に固まる寒天やところてんと同じ原理の料理である。お盆や祭りなど家族や親戚など人が集まる機会には必ず作られており、夏によく作られる地域もある。
「ざくざく」は「ざくざく煮」「ざくざく汁」とも呼ばれ、江戸時代頃から親しまれている郷土料理の一つである。『俳諧製法の事』によれば、ざくざくは「菜を細かく切ったもの」を指すとされていたが、その後食材をざくざくと角切りにした汁物という認識に変化していったとされる。
日本海に面した山口県萩市は、真フグを始め、アマダイや瀬つきアジなどの海産物の宝庫。中でも、萩地域に春を告げるのがわかめだ。
山口県の東南部の周南市を始めとする、周南地域に伝わる郷土料理「つしま」。由来には諸説あるが、江戸時代、周南市の櫛ヶ浜の漁師が朝鮮通信使を案内する役目を仰せつかり、その時に作られた料理で、朝鮮通信使の外交窓口が対馬藩(長崎県)であったことから、「つしま」と呼ばれるようになったとされる。
染飯は「瀬戸の染飯」と言われ、旧東海道の上青島村瀬戸町(現在の藤枝市)の茶屋で戦国時代から売られてきており、東海道の名物として知られてきたもの。もち米を蒸した強飯をくちなしの実で染めてすりつぶし、薄くのばして小判の形などにして干して作られていた携帯食。
伊豆半島はところてんの原料となる天草の日本一の産地(※)である。約1600年前から天草漁が行われており、ところてんの原料や肥料としても利用されていたという。
「鶏飯」は、諫早市の目代地区に伝わるおもてなし用の混ぜご飯。 昔から、正月や盆のときに、男衆が自宅で育てた鶏をさばいて作るのが習わしで、いまも基本的に男性が作るものとされている。
「茹で干し大根とかんぼこの煮物」は西海市の郷土料理。「茹で干し大根」と「かんぼこ」の組み合わせが長崎ならではの味わいをうみだす。
「つぼ汁」は、西海市雪浦地区の郷土料理。地域によって「いんげん汁」や「つぼき」と呼ばれている。
かんぴょう巻きとは、巻きずしの一種で、水で戻したかんぴょうを甘辛く煮付けたものを酢飯とのりで巻いたもの。 かんぴょう巻きは江戸前ずしの中の定番ネタとして欠かせない一品。
そばは、そばの実をひいたそば粉につなぎと水を加えてこねたのち、細長く切った麺料理。そば自体は古来より食べられてきたが、今日のように麺にして食べるようになったのは、江戸時代以前から蕎麦は粉にしてそば練り、粒食がなされていたが、江戸時代初め寺院でそば切がふるまわれていたものが、江戸の町で麦切のうどんと並んで蕎麦切が売られるようになった。