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日本(三重県)の料理・食材・調理法をまとめています。
塩味の大豆ご飯をふきの葉で俵形に包んだ、田植えの時期の豊作祈願食。三重県伊賀・中南勢地方や奈良県大和高原地域など近畿の山間部に伝わる。
田植えの時期に伊賀・中南勢地方の直売所や郷土料理店で出会えることがある。学校給食で「さぶらぎご飯」として提供される地域もある。
三重県内で5月の節句や野上りの祝いに食べられる、サルトリイバラの葉で包んだあん入りの餅菓子。
5月の節句や野上り(農作業終了の祝い)の時期に三重県内全域の和菓子店や家庭で作られる。日常のおやつとしても親しまれる。
春を告げる小魚コウナゴ(イカナゴの稚魚)を醤油・砂糖・生姜で甘辛く煮詰めた三重県の佃煮。折れ曲がった姿が錆びた釘に似ることから名付けられた。
春の解禁期にご飯のお供として購入するのがおすすめ。近年は資源保護のため入手できない年もある点に留意。
松阪赤菜や高菜など三重県各地で受け継がれる塩漬け野菜。地域ごとに異なる素材と製法で作られる漬物文化を代表する一品。
松阪赤菜は復活栽培品種のため出回る時期が限られる。地元の直売所や食事処で季節を確認して求めるとよい。
新鮮なイワシを酢締めにして寿司飯にのせた、秋祭りなど人が集まる機会に作られる三重県の祝い寿司。
秋祭りの時期を中心に三重県内、特に伊賀・名張地域の家庭や祭事で作られる。海から遠い内陸部の祝い料理として味わいたい人向け。
伊勢神宮に献上されてきた海藻アラメでイワシやサンマを巻いて甘辛く煮た、鳥羽志摩地域の正月に欠かせない郷土料理。
正月料理として、また通年で三重県鳥羽志摩地域の土産物店や家庭で提供。地域によって使う魚の違いを楽しみたい人向け。
肉や魚の出汁を使わず7種類の夏野菜で仕立てる、三重県の禅宗の家庭に伝わるお盆のもてなし味噌汁。
お盆の期間、三重県中南勢・東紀州地域の家庭で作られる。地域や日程によって具材構成が変わる面白さも味わいたい人向け。
すったごまと味噌にきゅうりを合わせた冷たい味噌汁を、盆地特有の蒸し暑さをしのぐため飲む三重県伊賀地域の知恵。
夏場、三重県伊賀地域の家庭で作られてきた。ご飯にかけても、そのまま汁物としても楽しめる。
地域ごとに漬ける魚種や副材料が異なる、正月に向けて仕込む三重県全域の「なまなれ」タイプの発酵寿司。
12月上旬から漬け込み正月に食べる。三重県東紀州地域を中心に地域差のある製法を食べ比べたい人向け。
汁物から始まり温め直すうちに煮物へと変化していく、海のない伊賀地域で受け継がれる冬の代表的な家庭料理。
冬の家庭料理として、三重県伊賀地域で日常的に作られる。祝い事や法事にも登場する定番料理を体験したい人向け。
一般的に、魚すきとか沖すきとか呼ばれ、魚介類や野菜その他多くの種類の材料を薄めの煮汁で煮る鍋料理のことで、漁師街ではポピュラーな料理である。東紀州地域では熊野灘の豊かな漁場であがったその時々の魚と季節の野菜を醤油仕立ですき焼き風につくる鍋物。
熊野灘沿岸の漁港に常にあがってくる鮮魚を使い、幾人増えても共に分かち合って、新鮮な魚をふんだんに使って手軽に食べられる共食として生まれた郷土食。 郷土の味を試したい人向け。
志摩地方から南紀にいたる熊野灘沿岸にみられる伝統漁の際に、マンボウが捕獲されてくることがある。波間に横たわった姿を目撃されることから「海ののんき者」といわれるが生態はまだ分からないことが多いというマンボウ。
普通は水族館に行かないとみられないマンボウだが、東紀州地域ではスーパーマーケットでも切り身で販売され、家庭でも食されている。 郷土の味を試したい人向け。
米をほうじ茶などで炊いた粥。奈良県・三重県ともに東大寺「お水取り」の行事食「ごぼう」に由来するとされ、米の節約や腹持ちを兼ねた郷土料理として伝わる。
奈良県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
漁師が船上でとれた魚をその場でさばいて、手で混ぜあわせたことから「てこねずし」と呼ばれるようになり、主に海沿いの地域で食されてきたが、現在では、農山漁村の郷土料理百選にも選ばれ、三重県を代表する郷土料理の一品となっている。 三重県は日本でも有数のカツオの漁獲高(「令和元年漁業・養殖業生産統計」農林水産省により第4位)を誇り、中でも熊野灘地域は、一本釣りと曳き縄釣り漁業が盛んな地域である。
三重県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
伊勢食文化圏では、昔から伸ばす手間をかけずに腰の無い太いうどんをつくり、これに味噌だまりを絡ませて食べていたという。伊勢参りが盛んになる江戸時代になると、参宮客にいつでも食べられるようにと、ゆで続けた麺にたまりを掛けてすぐに食べられる店が出来てきた。
すし飯と魚の具材を型に入れて段状に重ね、押し固めた押し寿司。三重県東紀州地域、高知県、兵庫県淡路島西浦海岸地域など各地に伝わり、こけら落としやこけらぶきの屋根に見立てた盛り付けが名前の由来とされる。
サメは古代には「ワニ」や「フカ」と呼ばれ、神話や木簡、文献に見られるように、人々の生活の近くにあった。三重県以外でも広島県や青森県、宮城県など多くの地域で食されている。
山々に囲まれた盆地である伊賀地域では、魚介類の入りにくい時代があり、豆を加工した豆腐が重要な栄養源だった。豆腐の製法は中国起源とされ、遣唐使が持ち帰ったとされるが、文献的には1183年春日大社の神主日記に「唐符」の字で現れるのが初出らしい。
大根は古くから食べられており、すでに日本最古の文書「古事記」や「日本書紀」にも記されているという。また、大根という名は根が大きいことから「おおね」とか、色が白く涼しげだから「すずしろ」と呼ばれていたのが、正倉院文書では「羅萄」や「大根」の漢字が使われているという。
具材を混ぜ込んだ酢飯やご飯で、別名「おまぜ」とも呼ばれる混ぜずし・混ぜご飯。香川県小豆島では海山の幸を炊き立てのご飯に混ぜ込み、三重県東紀州地域南部では奇数の具材を合わせ酢で和える五目ずしとして、ともに冠婚葬祭などハレの日に作られる。
「ガラガラおろし」は、竹でできた専用の鬼おろし器を使ってつくる三重の郷土料理である。 江戸時代、年貢として米を納めていたが、米が納められない際、米の代わりに献上したといわれ、食料の乏しさから「ガラガラおろし」を納める地域は年貢米が免除になったといわれている。
熊野灘沿岸の志摩地方から東紀州地方の漁師街での背の青い小型鮮魚の食べ方の一種に「たたき」がある。船で出てとれたてのものを、さらに新鮮に美味しく食べるために生まれたのが「たたき」である。
餅はおめでたい時の食べ物なので、臼と杵で餅をつくと近所にも配るのが一般的であるが、日常生活の中で餅を食べたいときに餅をつくと目立ってしまうために、隣近所に聞こえないように、杵と臼を使う代わりに、鍋の中で蒸した米を半づきにしてつくって食べていた。どうしてももち米よりうるち米の方が潰れにくいので、粒々の残ったやじろ餅(たがね餅)風になるのでさっくりして食べやすい。
人寄せ事の際につくられる郷土料理。もともと僧堂(そうどう)や仏事でつくられていた精進料理で、盛り付ける器が端は少し外側に反り、糸底は少し高く、朱漆塗りの木製皿で、その名前が「ちゃつ(楪子)」と呼ばれるものであったためで、それに盛り付けられていた料理であることから、この名前がついたとされている。
熊野灘に伊勢湾から真水を大量に含んだ内湾の流れが合流するそこはプランクトンが多く、ここにイワシ等の小形の魚が集まり、これを食べるカツオ等の大型魚も集まる好漁場となる。そこで大量にとれた魚の保存方法として塩干物づくりが発達する。
東紀州地域南部や中南勢地域では日照が多く、平均気温も高いので落花生の生育に適している。そのため昔から落花生がたくさん栽培されており、掘りたての十分実入りしていないものをゆでて食べたのが始まりといわれている。
干ししいたけ・れんこん・ごぼう・人参・凍りこんにゃくをそれぞれ別々に煮て味付けし、合わせ酢で和えた中南勢・伊勢志摩地域の郷土料理。元は葬式料理「組みもの」の端材活用から生まれたと伝わる。
法事や正月に作られる家庭料理のため店頭で見る機会は少ない。松阪市・伊勢市周辺の郷土料理店の行事メニューで出会えたら貴重。
熊野灘でとれた脂肪分の少ないサンマを開いて塩漬けし、柑橘酢で締めてすし飯にのせた東紀州地域の郷土料理。熊野市有馬町の産田神社では骨付きのまま食べさせ子の健やかな成長を願う「奉飯」の風習も残る。
東紀州地域を代表する名物料理で、尾鷲市・熊野市の飲食店で通年味わえる。祭りや正月の折詰としても定番。
東西の文化が混淆する三重県ならではの雑煮。北勢地域は角餅、中南勢・伊賀地域は丸餅など地域ごとに餅の形状や汁の味付け(すまし汁・みそ汁)が異なる、正月に欠かせない一品。
正月に各家庭で作られる料理で、地域によって味付けや具材が大きく異なるのが面白い。三重県の郷土料理店で正月メニューとして出会える。