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戦国武将、真田幸村が出陣前に腹ごしらえのために食したとされる「こねつけ」。こねつけとは、ご飯と小麦粉を混ぜてこねたものに味噌だれや醤油だれなどを付けたもので、北信・東信地域に伝わる郷土料理。
長野県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
長野県といえば「信州そば」というほど、そばは代表的な郷土料理。冷涼な気候で、米や小麦が栽培しづらい高冷地の農産物として育てられてきたのが「そば」だった。
「いもなます」は、飯山市周辺に伝わるじゃがいもを使った郷土料理。「なます」は、食材を酢で和えた料理で、日本では正月のおせち料理として、大根と人参を使った「紅白なます」や、れんこんを使った「酢れんこん」がつくられる。
寒さが厳しい県内は、冬になると田畑から青ものはひとつもとれなくなるため、晩秋になると大量に保存用の漬物を仕込んだ。菜類の漬物のことを「お葉漬け」といい、「野沢菜」「稲核菜」「源助かぶ菜」「木曽菜」などが使われる。
に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「笹ずし」は、笹の上に酢飯を敷いてその上に具材をのせたもので、飯山市及び新潟県上越地域に伝わる郷土料理。笹ずしの歴史は古く、天文22年(1553年)から12年にわたって争われた川中島の合戦では、信州と越後の国境にある富倉峠が重要な軍用路となった。
「おやき」は、小麦粉や蕎麦粉などを水または湯で溶いて練り、薄くのばした皮にあんや野菜など旬のものを包み焼いたもので、信州を代表する郷土料理。地域によっては「やきもち」とも呼ばれる。
山梨県は8割を森林が占め、狩猟によりジビエ料理なども食べられてきた。特に笛吹川の上流にあたる三富地域は、昔から狩猟が盛んで、いのししをよく食べていたこともあり、戦後、雄のいのししと、雌の豚を掛け合わせた「いのぶた」の飼育が奨励された。
山梨県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「生湯葉」は大豆を煮て粉砕し、布でしぼってつくった豆乳を煮立て、その表面にできた被膜のことで、身延町の特産品であり、たくさんの製造元がある。「生湯葉」といっても一種類ではなく、厚さや食感の違う「生湯葉」がいろいろと売られている。
「おばく(お麦・御麦)」は、大麦の皮を剥いた丸麦を一晩水に浸し、じゃがいも、さつまいも、大根、里芋などの野菜類や、あずきや金時豆などの豆類などを入れ、たっぷりの水で柔らかめに炊いたものである。すり鉢で煎りゴマ、味噌を入れてすり、水で溶いた冷や汁をかけて食べると口あたりが良く美味しい。
県土の約8割を森林が占めるという山梨県では、稲作のような広大な土地の利用が難しく、米は大変貴重であった。かわりに蕎麦やとうもろこし、さつまいもや雑穀などが主食として栽培されていた。
「あんびん」は峡南地域の特産として、さつまいもの粉や小麦粉、角切りのさつまいもを熱湯で練った生地に、あんを包み平らにして蒸したもので、素朴な味わいが好まれている。あんを入れてから「びんた」をするように強く叩いてつくることから「あんびん」という名前がついた。
山梨県内各地で日常的によく食べられている「いもがら」は、八つ頭や赤芽芋などの里芋や、葉柄(葉と茎の間)を収穫するためにつくられたはす芋の芋茎部分である「ずいき」の皮を剥いて干したもので、「干しずいき」とも呼ばれ、保存食としていろいろな料理に使われている。水でもどした「いもがら」は、だしや調味料の染み込みが良く、食感も繊維質によりシャキシャキとしている。
「吉田のうどん」はびっくりするような歯ごたえとコシ、太さのある小麦粉の麺を、味噌や醤油など出汁のきいた汁で食べる富士吉田市周辺の郷土料理である。富士山北麓の富士吉田市は標高700~900mほどの冷涼な気候、火山灰土の地質により昔から稲の栽培には不向きだった。
「甲州小梅漬」は山梨県の特産である甲州小梅を、まだ青い時期に収穫して、5月末には漬け込みが終わるようにする。特に甲府盆地では特有の寒暖差のある気候が小梅の生育に適しており、種が小さく果肉に厚みが出るので小粒だが食べごたえがある。
「ほうとう」の起源である餺飥は、平安時代には小豆の汁で食べられていたことが貴族の日記などに記録されている。山梨では江戸時代以降、味噌で煮る「ほうとう」が日常的に食べられていたが、「小豆ほうとう」は正月や盆、村の祭り、また田植えの時期など、地域行事や祝い事の時に食べられてきた。
有田地方では、昔から田植えや、お盆、秋祭りなど、季節の行事として欠かせないすしとして「なれずし」や、「早ずし」などがつくられてきた。 清水地域では、ばしょうの葉を巻いた「早ずし」がつくられているが、わさびが多く自生していたため、わさびの葉を使った「押しずし」も各家庭で作られており、今では貴重なわさびの葉が手に入るときは,冷凍しておいて活用している。
和歌山県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「あわびの煮貝」とは山梨県の名産品であるが、四方八方を山に囲まれ海に面していない内陸の地において、なぜ海の幸のアワビが名産となったのか理由は諸説ある。その一つとして、隣国の駿河湾(静岡県)でとれる豊富な魚介類を、現代のようにな交通手段も冷蔵設備もない状態でいくつもの山を越えて運ぶことは容易ではなく、わずかに塩漬けや干物程度が届く程度だった。
「甘納豆のお赤飯」とはその名のとおり、甘納豆を入れて炊いた赤飯である。味は甘く、ごま塩をかけて食べると甘じょっぱくなり美味しいと地元の人たちには人気である。
「こけら寿司」は、すし飯の上に焼いてほぐした魚やしいたけ、人参、卵などをのせ、木枠で押し固めたすしのことで、「押しずし」や「箱ずし」の原型といわれている。すしを押し固める木枠に、屋根をふく「こけら板」を用いたことから「こけら寿司」と呼ばれるようになったという説や、材木を削るときに出る木屑の「こけら」に見た目が似ているために「こけら寿司」と名付けられた、など名前の由来には諸説ある。
紀の川平野の東部に位置する那賀地方では、稲作を中心に、柿や桃など、気候風土に合わせた作物が生産されてきた。特に、江戸時代に整備された灌漑用水路によって、県下の穀倉地帯として発展してきた。
日高地方では、昔からお祝い事や法事、ひな節句、お祭りなど人が集まる行事で「かきまでご飯」が振る舞われてきた。これは、焼き魚の骨で出汁をとり、季節の野菜を炊いて味付けし、酒を入れて炊いたごはんに混ぜ合わせるもので、酢は使わない。
「ごま豆腐」は、弘法大師(空海)が約1200年前に開いた高野山で、厳しい修行の中で食べる精進料理の一つとして生まれたといわれている。 ごまは非常に栄養豊かな食品で、その昔、中国では薬として重宝されていた。
高緯度海域で餌を食べて太ったクジラは、夏が終わると繁殖活動に従事するために低緯度海域を目指し、真冬に熊野灘を通りかかる。それを狙うのが熊野の古式捕鯨であった。
和歌山県では、「茶がゆ」のことを親しみを込めて「おかいさん」または「おかゆさん」と呼ぶ。「木の国」ともいわれる山の多い同県では米が貴重だったため、少ない米でも満腹になるように生み出された。
「おび天(飫肥天)」とは、宮崎県日南市飫肥(おび)地区の郷土料理で、魚肉練り製品。揚げかまぼこに分類される。
宮崎県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
宮崎県ではさつまいものことを甘藷(かんしょ)と呼ぶ、甘藷(かんしょ)でつくる「ねりくり」は主に都城市付近で食される。地域によっては「ねったぼ」、「ねったくり」、「からいも餅」などとも呼ばれる。
せりはセリ科の多年草で、日本全国の山野に自生している。古く奈良時代にはすでに食用とされていた記録が古事記、万葉集に残されている日本原産の野菜である。
宮崎県で地鶏といえば「地頭鶏(じとっこ)」である。地頭鶏とは、宮崎県および鹿児島県の霧島山麓において古くから飼育されていた在来種である。
温暖な気候に恵まれ、日照時間が全国トップクラスの宮崎県で、日光をたっぷり浴びて育つ特産物、黒皮かぼちゃ。黒皮かぼちゃは「日向かぼちゃ」とも呼ばれ、黒く艶やかな皮が印象的な、古くから県民に親しまれている伝統野菜である。
名前の由来は、炒ったもち米からつくることから、「いりこもち」と呼ばれる。江戸時代から薩摩藩に伝わった節句菓子で子どもの成長を祝い願って近所に配る風習があり、江戸時代中期頃からは庶民的な菓子として親しまれるようになった。