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メギスは、日本海、太平洋沿岸に分布する20cm程度の細長い魚。キスに似た見た目から、全国的に「ニギス」という呼び名が主流になっている。
石川県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「えびす」は、とき卵の寒天寄せ。祭りや祝いごとに欠かせない行事食である。
「みたま」とは、黒豆(黒大豆)ともち米を蒸した黒豆のおこわのことをいう。地域や人によっては、その見た目から「めだま」と呼ぶ場合もある。
「めった汁」とは、さつまいもや大根、人参といった根菜類を使った具だくさんの豚汁のこと。従来の豚汁と異なるのは、じゃがいもではなくさつまいもを使う点にある。
石川県は古来より餅を食べる文化が根づいている土地である。たとえば、能登に伝わる「ねんねだんご」。
「すいぜん」は、輪島に古くから伝わる郷土料理の一つ。てんぐさを煮て米粉を入れ、固めたもの。
古くから畑を基盤とした穀物栽培が盛んだった大分県。収穫した小麦を挽いた「地粉」は、「こねり」や「やせうま」といった料理に活用され、粉食文化の地盤を築かれた。
大分県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
サワラの刺身を昆布でしめたもの。サワラというと、西京焼きなどに使われる「鰆(さわら)」が知られている。
練った小麦粉を平たくのばしてゆでたものに、きなこや砂糖をまぶして食す、昔ながらのおやつ。練った小麦粉を麦味噌ベースの汁に入れて食べる「だんご汁」と同様に、大分で親しまれている郷土料理である。
津久見市の津久見港からおよそ14km、豊後水道に浮かぶ島・保戸島。古来より漁業が営まれており、島に残る漁村・漁民の歴史、文化、景観は「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に選ばれた。
一世帯当たりの鶏肉年間購入量が全国トップレベルの大分県。鶏肉が伝統食材として根づいており、宇佐市は唐揚げ発祥の地としても知られる。
大分県は、各地にさまざまなすし料理が伝わっている。大分市竹中地区に伝わるすし料理が「お方ずし」。
に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
鶏肉を多く食べることで知られる大分県。2019年、総務省が都道府県庁所在地と政令指定都市を対象に、一世帯あたりの鶏肉年間消費量を調査したところ大分市が全国1位になった。
一世帯当たりの鶏肉年間購入量が全国トップレベルの大分県では、古くから鶏肉を使った郷土料理が食べられている。かつて鶏肉が貴重だった時代のごちそうに「鶏汁」がある。
国東市(くにさきし)の伊美港からフェリーでおよそ20分、瀬戸内海西端に浮かぶ離島・姫島。古事記に収められた神話の一つ「国生み」のなかで、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)が生んだ女島は、この姫島にあたると伝わっている。
大分県に根づく食文化の一つに、粉食文化がある。かつて、大分県は米づくりに適さない台地が多かったが、水路が整備されるようになってからは、小麦などの穀物栽培が盛んに。
かつて大分県は水捌けの悪い地域が多く、水をはる必要がある稲作に向かなかったことから、小麦の栽培が盛んだった。そういった背景もあり、粉食文化が各地で発達。
大分県は、柚子の生産量で国内上位の産地。県内各地のいたるところに柚子の木が散見され、農業にかかわらない人にも馴染み深い果実である。
大分県南東部に位置する佐伯市(さいきし)は、面積は903.12km2の九州最大の街である。九州山地から広がる山間部、一級河川・番匠川下流に広がる平野部、リアス式海岸の海岸部に分けられる。
一級河川・筑後川本流の上流にあたる三隈川、長さ107kmにも及ぶ、県下最大の川・大野川など、大分県には585の清流が流れており、それらの一つ一つが地域に川の恵みをもたらした。特にアユは、山間地域の貴重なたんぱく源として珍重された。
九州最大の面積を誇る佐伯市(さいきし)は、豊富な海の幸に恵まれた漁師町として知られている。県内の水産業生産量の約7割を佐伯市が担っており、なかでもブリ類やヒラメを中心にした養殖業は全県生産量の大半を占めている。
大分県の南西部に位置し、くじゅう連山、阿蘇外輪山、祖母山麓に囲まれた竹田市。戦国時代に志賀氏が岡城に入城後、豊臣秀吉の天下統一のころに中川氏が移封。
大分県南東部に位置する佐伯市(さいきし)は、九州最大の面積をもつ街。面積は903.12km2、海岸線延長約270kmに及ぶ。
サンマやイワシを叩いて味噌とねぎを入れて焼いた漁師料理である。「パイタ」とは、舟を漕ぐ櫂(かい)のことで、船が手漕ぎだった時代に、船乗りが櫂(かい)の平らな部分で叩いて焼いたことから、カイイタ(櫂の板)が訛ってパイタと呼ばれるようになったといわれている。
茨城県の奥久慈地方は、古くからこんにゃく栽培が盛んで、こんにゃく発祥の地といわれている。これは、水戸藩の中島藤右衛門がこんにゃく芋を粉末にする方法を考案したことに由来しており、生芋を薄く輪切りにして串に刺して乾燥させ砕くことによって、貯蔵や遠方への持ち運びがしやすくなったため、当地方のこんにゃく栽培が飛躍的に増加した。
落花生は、別名「南京豆」とも呼ばれ、日本には江戸時代ごろ伝わったといわれているが、本格的に栽培がはじまったのは明治以降で、豆類のなかでは比較的新しい部類に入る。茨城県産のほか千葉県産が有名であるが、この両県で全国のほとんどの生産量を占めている。
「みつめのぼたもち」とは、第1子の赤ちゃんが生まれて3日後に食べる大きなぼたもちのことをいう。かつて、食糧を満足に得ることが難しかった時代、子育てのために栄養が必要な出産直後の母親のために、栄養豊富なもち米や小豆を使った大きなぼたもちを食べさせたことがはじまりだという説がある。
茨城県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「赤餅」は、赤もろこしの粉でつくる、赤色をした餅のことである。鎌倉時代ごろ、阿弥陀寺中興開基安養上人が、「赤餅」の原料であるもろこしの種を生国である現在の群馬県より坂東市長須の地に持ち帰り伝えられたといわれている。
茨城県大洗岬から千葉県犬吠埼にいたる海域の鹿島灘は、親潮と黒潮がぶつかる潮目であるため、豊富な海の幸に恵まれる。鹿島灘の砂地が続く沿岸部では春ごろになると、産卵前の大ぶりなハマグリがとれる。
国内第2位の湖面積を誇る霞ヶ浦では、主に北浦において、昭和40年頃(1960年後半)からコイの養殖を開始し、現在では養殖生産量は全国トップクラスである。古くからコイはタイと並ぶ高級魚として知られ、奈良時代、平安時代には皇族や貴族の間で好まれた。