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800年ほど前、源氏との戦いに敗れた平家の落ち武者が肥後連山の麓に隠れ住み、つくり伝えたと言われる「豆腐の味噌漬け」。山岳地帯の五家荘(八代市泉)地域や五木村では、焼き畑でつくった大豆や麦を使った自家製の豆腐や麦味噌がつくられてきた。
熊本県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「南関あげ巻寿司」は、南関町に江戸時代から伝わる「南関あげ」を使った巻き寿司。南関町で巻きずしといえばこれというくらい親しまれている。
天草地域で、仏事に魚が使えないので、その代わりにさつまいもを太めの拍子切りにして菜種油で揚げ、精進料理として「がね揚げ」を使ったのがはじまりといわれている。 天草の方言で「がね」とはカニのことで、揚げた姿がカニの足に見えることから名付けられた。
「だこ汁」は、小麦粉(米の粉)を水で練って、しばらく寝かせ、手で延ばしちぎった団子を入れた汁のことで、里芋やごぼうなど季節の野菜を入れ、味噌や醤油仕立てで食べる。手軽につくれて栄養価も高く、腹持ちが良いので、古くから農作業の合間などに食べられ親しまれてきた。
熊本県は、全国的にも上位の生産量を誇るれんこんの産地。中でも細川藩の天保年間に新田開発された宇城地方は今も主産地として栽培が盛んである。
青森市周辺では、おでんをすりおろしたしょうが入りの味噌だれで食べるのが普通である。この食べ方が生まれたのは戦後の闇市の屋台で、当時、極寒の真冬に北海道・函館へわたる青函連絡船に乗るお客さんの体を少しでも温めようと、屋台のおかみさんがおでんにしょうが入り味噌をかけて出したのがはじまりという。
青森県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
古来、冷害や飢饉に見舞われることの多かった南部地方では、米以外の雑穀で食文化を発展させてきた。「じゅね」とはえごまのことで、「じゅね餅」はえごまの実を炒って丁寧にすり、味噌と砂糖と混ぜ合わせてたれをつくり、薄く切った餅に絡ませてつくる。
昔、家庭でアイロンがけをする際、パリッとさせるために布に塗ったのが「米糊」で、水に浸した米をすりつぶしてつくっていた。この時うまくすりつぶせずに米のかすが残ったものを「糊かす」と呼び、これを無駄にしないよう黒砂糖をまぜて生地にし、フライパンで香ばしく焼いておやつにした。
江戸時代のはじめから大規模に新田開発がなされ、多彩な米料理が発達した津軽地方では、いろいろな具を入れて醤油味にしたごはんのことを「色飯」や「色ごはん」と呼んだ。「ごまご飯」「ごままま」もその一つだ。
寒冷で、江戸時代には数年間に及ぶ大飢饉にたびたび見舞われた南部地方で、人々は雑穀を工夫して食べる知恵を発展させた。「かっけ」はそば粉に少しの塩を入れ水でこねて生地を薄くのばし、三角形に切ったものをゆでて、にんにく味噌をつけて食べる料理。
甘辛く煮た油揚げに酢飯を詰めた稲荷寿司。稲荷の神の使いとされるキツネの好物が油揚げであることに由来し、青森県津軽地方ではもち米に紅しょうがを加え、栃木県ではかんぴょうで結び俵に見立てるなど地域色がある。
古くからホタテ産地として知られた津軽湾周辺では、江戸時代からすでに「貝焼き味噌」を食べていたといわれる。網で海底をさらうと5から10年物の天然ホタテが獲れた時代で、直径20cmほどもある大きな貝殻を鍋代わりにして、イワシやサバの切り身と自家製の味噌をのせて焼いた素朴な漁師料理だった。
津軽地方に伝わる家庭料理で、イカを刺身にしたときに残る「ゲソ」を叩いてミンチにし、たまねぎや人参といった野菜とともに小麦粉でまとめて揚げたのがはじまりという。諸説あるが、終戦直後の食糧難の時代に、貴重なイカを残すところなく食べられるよう、また野菜くずを美味しく食べるために工夫されたといわれる。
秋が深まり稲刈りが終わり、農作業が一段落する11月には「秋仕舞い」の風習がある。隣近所や親戚らを招いて、米づくりが無事に終わったことを祝い、一年の農作業を労ってごちそうを振る舞う。
日本海に面し、古くから漁業が営まれている島根県の郷土料理。「へか鍋」という鉄製の平たい鍋で、魚介をすき焼き風にして食べる。
島根県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
南部せんべいは旧南部藩の領地だった青森県南東部から岩手県北部にかけての伝統食品で、小麦粉に塩と水を混ぜ鉄製の型で丸く焼いたもの。戦前、農家の多くは鉄製の型を持っており、せんべいは冷害が多く米がよく取れなかった地域の貴重な保存食だった。
サバの年間漁獲量が全国トップクラスを誇る島根県。日本海の冷たい荒波によって脂がのった美味しいサバがとれる。
に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
県内全域の食習慣として根づき、冠婚葬祭や神事に欠かせない「皿鉢(さわち・さはち)料理」。「皿鉢料理」は、土佐弁で宴会のことを指す「おきゃく」の際に振る舞われ、36cm~39cm位の大皿にごちそうが盛り付けられる。
高知県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
島根県は海岸線の長さが1.026kmと長く、全国で10番目の長さを誇る。その沖合には対馬暖流が北東に向かって流れており、漁場に最適な環境が整っている。
隠岐の島は、島根県の北東にある諸島で、4つの主島と180余りの小島で構成されている。面積は346.22km2。
高知県の中心部にあたる南国市。奈良時代から平安時代にかけて国府が置かれ、土佐の政治・文化の中心地として栄えた。
「銀ぶろう」とは大豊町の西豊永地区で自家用で栽培されてきたいんげん豆の一種。大豊町では、「不老長寿の豆」として古くから栽培され、縁起物として食べられていたが、そのほとんどが地域内で消費されてきた。
「蒸し鯛」は、婚礼や正月などの祝いの席など、県内で頻繁に催される「おきゃく」の際に供されるお祝い料理の一つ。「おきゃく」とは、土佐弁で宴会のことをいう。
「田舎ずし」とは、全国的に見ても珍しい野菜を使ったすし。高知県の山間地帯に伝わる行事食で、すしのネタには県内でとれる山の幸がふんだんに使われる。
高知県では、お米の代わりにおからを使い酢づけのイワシをのせた握りずしの「たまずし」が食べられてきた(高知では、おからのことを「おたま」と呼ぶ)。貴重なお米の代わりに、豆腐の副産物であるおからを使ったのがこの料理のきっかけとされる。
県中央部・県西部に分かれて「こぶずし」のレシピは異なる。県中央部は、「板こぶずし」を食べる。
山村では古くから、「ぜんまいの油炒め」や白和え、煮物などが食べられてきた。 高知県内でも、ぜんまいの産地として知られるのが、四国山地の中央部に位置する大豊町である。
四国山地の中央部に位置する、山あいのまち大豊町。「こんちん」とは、ささがきしたごぼうをふんだんに小麦粉の生地に加えた大豊町の郷土菓子。
土佐和紙の産地として知られ、県中央部に位置する伊野町。この地域では昔から、冬の味覚として親しまれている「干しいも」のことを「へら」と呼んでいる。
日本で豆腐が食べられるようになったのは平安末期のことである。中国から伝来されたといわれている。