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明治時代末ごろから十勝地方では養豚業がはじまり、豚肉が食べ親しまれてきた。養豚業が盛んであった十勝地方の帯広市が「豚丼」発祥の地といわれている。
に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「鮭のチャンチャン焼き」は、秋から冬にかけてとれるサケと旬の野菜を蒸し焼きにして味噌で味付けした料理。石狩地方の漁師町が発祥といわれているが、いまでは全国的にも有名となり、平成19年(2007年)には「石狩鍋」、「ジンギスカン」とともに、「農山漁村の郷土料理百選(農林水産省主催)」に選ばれている。
北海道に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「肉豆腐」は、牛肉と豆腐、ねぎを煮たシンプルな料理。ねぎは、京の伝統野菜「九条ねぎ」が使われることが多い。
京都府に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
地下水が流れる京都では、古来より各地で野菜の栽培が営まれてきた。これにより、野菜を活用した漬物文化が発展したといわれている。
酢飯に季節の魚や野菜の具を合わせたちらし寿司の一種。京都府丹後地域ではサバのおぼろを段状に散らした「ばらずし」として、香川県ではサワラやアナゴなどハレの日の客用具材として、大阪府では穴子やしいたけを刻んで混ぜ込む五目ずしとして親しまれる。
茨城県は全国トップクラスの耕地面積を有し、れんこんやごぼう、ねぎなど、1年を通して、多くの野菜が収穫される。特に、霞ヶ浦の湖畔でのれんこん栽培は盛んであり、れんこんの作付面積・生産量ともに日本一。
茨城県は、1年を通じて温暖な気候と豊かな水質を活かして、古来より農業が営まれ、さまざまな野菜が収穫されてきた“農業県”である。また一方で、県の沖合は、親潮と黒潮が交差する豊かな漁場で、季節ごとにさまざまな魚介が水揚げされる“漁業県”という一面も持つ。
「わかさぎとれんこんの酢漬け」は、国内第2位の湖面積を誇る霞ヶ浦の特産品である、ワカサギとれんこんを使った郷土料理である。 豊富な水と肥沃な湿地帯に恵まれた霞ヶ浦周辺では、古くかられんこんの栽培がはじまり、いまでは国内生産量日本一の産地として知られている。
「冷や汁」という名前から汁物を想像するが、季節の野菜と冷たいだし汁(浸し汁)を合わせて仕上げるおひたし料理。「冷や汁」は”上杉の城下町”として知られる米沢市の郷土料理。
山形県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「くじら餅」という名前だが、材料にくじらの肉を使っているわけではない。その名の由来は諸説ある。
「鯉のうま煮」は、コイを輪切りにし、砂糖・醤油・酒で煮た郷土料理。コイはかつて内陸農村部で貴重なタンパク源として食べられていた食材。
「おかひじきのからし和え」で使われる「おかひじき」は、もともと海岸に自生する野草で、見た目が海藻のひじきに似ていることからこの名前で呼ばれるようになったといわれる。山形県では海沿いの庄内地域に自生していたおかひじきの種が最上川を船で渡って砂地質である米沢藩領の砂塚村(現南陽市)に伝わり、そこで栽培がはじまったといわれている。
「からかい」とは北海道でとれるエイ(カスベ)のヒレで軟骨部分を乾燥させた乾物のこと。昔は海が遠い内陸部で魚といえば「塩引き鮭」や「棒ダラ」、「からかい」などの干し魚だった。
山形県では、寒天を用いた料理は昔から食べられており、お茶うけとしても振る舞われる。庄内地域では甘いデザートとしての寒天が主流で、なかでも人気があるのが「卵寒天」。
ハレの日の郷土料理として伝承されている「塩引きずし」は米沢市の発祥。サケを塩漬けにしたものを使った押しずしで、昔は鮮魚が手に入らなかった内陸の米沢市でもつくることができたたすし。
鹿児島県は、鹿児島湾、東シナ海、太平洋など広い漁場に恵まれ、海の幸も豊富である。なかでも鹿児島県の郷土料理に欠かせない魚として名が挙がるのがキビナゴである。
鹿児島県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
鹿児島県では、江戸時代から薩摩武士たちが士風高揚のため、盛んに闘鶏をおこなっていた記録があり、その際に負けた鶏をその場でしめて食べていたという。闘鶏が禁止された後も、各家庭で鶏が飼われ、来客がある時や祝いの席のために鶏をしめて調理し食べていたという。
「豚骨」とは、豚の骨付きあばら肉を焼いて芋焼酎で炒りつけてこんにゃくや大根などの野菜とともに、味噌と黒砂糖で煮こんでつくる郷土料理である。薩摩武士たちが狩場や戦場などでつくった野外料理がはじまりで、かの西郷隆盛も好物であったといわれている。
「かるかん」は、かるかん粉、山芋、水を使ってつくる鹿児島県の銘菓として全国に知られる。そのはじまりは諸説あるが、薩摩藩の第11代藩主であった島津斉彬が、保存食の研究のために江戸から招聘した明石出身の菓子職人・八島六兵衛によって考案されたという説が有力とされている。
「じゃんぼ餅」とは、つきたての餅やもち米粉を使っただんご串を2本さして、とろみのある砂糖醤油ダレをかけて食べる、鹿児島県で古くから親しまれている料理である。「じゃんぼ餅」は、「両棒餅」と書く。
「豚味噌」は、鹿児島県を代表する食材である豚肉と味噌を合わせてつくる料理である。奄美地域では、これらに加え、落花生、カツオ節を入れる。
ミズイカはアオリイカの別称で、胴長40cmにもなる比較的大きなイカである。透き通るような姿をしているため、鹿児島県ではミズイカと呼ばれることが多い。
「げたんは」は、かつて米の集荷地であった横川町(現・霧島市)に集まる人をもてなすためのお茶うけとしてつくられた鹿児島の郷土菓子の一つ。この独特な名前は、泥に汚れた下駄の歯に似た見た目であったことからこのように呼ばれるようになったと説がある。
小麦粉,重曹,黒糖などを混ぜて蒸した郷土菓子の「ふくれ菓子」。重曹を使ってふっくらと仕上げるため「ソーダ菓子」とも呼ばれるほか、「ふくらかん」「ふくれかん」ともいう。
「みき」は、米とさつまいも、砂糖を使った乳酸菌発酵飲料で、奄美地域の他に沖縄県でも飲まれている。沖縄県では、さつまいもではなく麦を使う。
「つけあげ」は、他県で“さつまあげ”、“てんぷら”、“揚げかまぼこ”などと呼ばれる。その歴史は古く、江戸時代に薩摩藩28代当主・島津斉彬が、諸藩に伝わる紀州はんぺんやかまぼこにヒントを得て、高温多湿の鹿児島県の気候に合わせて保存性が高まるよう揚げ物にしたのがはじまりだという説や、琉球料理の揚げかまぼこである“チキアーギ”がなまって「つけあげ」になったという説がある。
「鶏飯」は、ほぐした鶏肉、干ししいたけ、錦糸卵、パパイヤの味噌漬け、みかんの皮などを、白いごはんの上にのせ、鶏ガラのスープをかけて食べる、奄美地域を代表する郷土料理である。かつて、奄美群島が薩摩藩の支配下に置かれていた時代、鹿児島本土からやってくる役人たちの威圧的な態度を少しでも和らげるためにつくられたのがはじまりだといわれる。
「さつま汁」とは、鶏肉を使った具だくさんな味噌汁のこと。『薩摩旧伝集』によると、鶏をしめて煮て食べる風習は古くからあったとされる。
「黒糖」は、とうきびを細かくカットし、圧搾機にかけて絞り出した汁を煮詰めてつくる砂糖のこと。奄美地域および沖縄県の特産品として知られる。
「ねぎま鍋」は、まぐろとねぎを醤油で調理した、江戸発祥の庶民の味。現代ではトロと呼ばれる油の多い腹身は、江戸時代、お客には出せない下品(げぼん)の料理であった。
江戸時代には、傷みやすく保存が効かないために安価で手に入った脂身を使って作られたねぎま鍋であるが、現代では脂身の方が高価になり、本来のねぎま鍋は作りにくくなっている。 郷土の味を試したい人向け。