全107件
野菜を主役にした日本の料理を集めました。メニューで見かけたときに、どんな料理か・味の特徴・注文のコツをすぐ調べられます。
薄い衣をつけてさっと揚げる日本の調理法。16世紀後半に来日したポルトガル人宣教師の斎日料理(野菜・魚介の揚げ物)が起源とされ、「天ぷら」の語源もポルトガル語のtempora(斎食期間)に由来するという説が有力。氷水と小麦粉を混ぜすぎないことで軽くサクサクした衣を実現する。
あっさりした揚げ物が食べたいとき。揚げたてを食べるのが鉄則。天つゆか塩かを選べる店が多い。
赤〜ピンク色の果肉を持つ大根系の根菜。スイカ大根とも呼ばれ、外皮は淡い緑白色、断面は鮮やかな赤色になる。甘みがあり辛みは比較的穏やかで、薄切りサラダや漬物・飾り切りに向く。酢に漬けると色がより鮮明になる。
盛り付けの彩りとして登場することが多い。食感と色を楽しめる。
中央アジア原産で東アジア全域に広まった大型の根菜。生では辛み成分イソチオシアネートを含み、加熱すると甘さが増す。日本では沢庵・おでん・おろし・なます・ふろふきなど多様な用途を持ち、韓国ではムとしてキムチや水キムチに、中国では大根餅(ロバゴウ)にと各地で異なる形で食文化に根付く。
和食の煮物や付け合わせとして定番。大根おろしは揚げ物に添えてさっぱり食べられる。
ユリ科ネギ属の多年草で、東アジア全域(中国・日本・韓国・モンゴルなど)の野山に広く自生する。古代中国の医学書「黄帝内経」にも記載された歴史ある食用植物。直径約2cmの球根・茎・葉がすべて食用で、独特の辛みと香りを持つ。日本では春の山菜として酢味噌和えや漬物・炒め物に使われる。
春の山菜として旬(2〜5月)に楽しむ。生で食べると風味が強い。天ぷらにすると食べやすくなる。
こんにゃく芋から作るゼラチン状の食材を串に刺して茹でるか焼き、甘味噌だれをかける日本の惣菜。田楽の定番具材で、低カロリー・高食物繊維のぷるりと弾力ある食感が特徴。
軽い和風つまみが欲しい時向き。満腹感は控えめ。
小麦粉をゆるく溶いた生地に具材を混ぜ、熱した鉄板の上で自分で焼きながらへらで食べる東京下町の粉もの料理。月島が有名な発祥地とされる。
初めての場合は店員に焼き方を教えてもらうとよい。お好み焼きより軽めなので、複数品を頼む際の一品に向く。
小麦粉生地にキャベツ・豚肉・魚介などを混ぜて鉄板で焼き、ソース・マヨネーズ・かつお節をのせる日本の粉もの料理。大阪風(関西風)と広島風で作り方が大きく異なる。
どのスタイルか(関西風・広島風)と具材の選択肢を最初に確認するとよい。セルフ焼きの店では焼き方を聞いておくと安心。
薄皮が茶褐色を帯びた枝豆の品種群。山形県など東北地方を代表する秋の特産品で、通常の枝豆より糖度が高く、豊かな甘みとコクのある香りが特徴。
枝豆好きや、より香り・甘みを求めたい時に選ぶ。産地限定の旬品として提供される場合が多い。ビールや日本酒との相性が良い。
豆腐・こんにゃく・なすなどを串に刺し、甘味噌だれを塗って焼く日本料理。平安時代の田楽舞に由来するとされ、仏教の精進料理とも深く結びついた伝統的な一品。
和食の前菜や酒の肴として向く。豆腐かこんにゃくか、味噌の種類で風味が変わるので確認するとよい。
開花から35〜40日後に収穫する未熟な大豆をさやごと塩茹でした日本の食品。熟成前でショ糖含量が多く自然な甘みとグルタミン酸由来のうま味がある。1275年の記録が残り、現在は世界的に知られるスナックになった。
軽い前菜やつまみに最適。辛味や脂が少ないものが欲しい時に選ぶ。
1937年に仙台の料理店が考案した日本の夏の麺料理。冷やした中華麺に錦糸卵、きゅうり、ハム、トマトなどをのせ、甘酸っぱい醤油酢だれかごまだれをかけて食べる。夏季限定メニューとして各地に広まった。
暑い日の軽めの麺に向く。ごまだれか醤油だれか確認。
大根を昆布だしでじっくり下茹でし、白みそや田楽みそをかけていただく冬の定番料理。大根の芯まで柔らかく煮含めることで、出汁の旨みが染み渡る。
冬に食べる和食の定番。大根の甘みを最大限引き出した料理で、派手さはないが滋味深い。みそのタイプによって味が変わるので食べ比べも楽しい。
褐藻類の海藻(荒布)を醤油・みりん・砂糖で甘辛く炊いた和食の定番副菜。伊勢志摩地方が有名な産地で、油揚げや人参と一緒に炊くことが多い。
和食の副菜として定番。海藻の旨みを手軽に楽しめる。健康志向の方にも人気。
フキ(蕗)の茎を出汁・醤油・みりんで炊いた春の山菜料理。独特のほろ苦さと香りが春を告げる食材で、煮物・佃煮・炒め物など様々な形で食される。
春(3〜5月)が旬。ほろ苦さが苦手な人には向かないが、山菜が好きなら食べてみる価値あり。日本料理の春の風物詩。
冬瓜(とうがん)を出汁や鶏肉・海老と合わせて炊いた和食の定番煮物。冬まで保存できることから「冬瓜」の名が付き、夏に収穫されながら冬に食べられる伝統野菜。
夏〜初秋が旬。地味な見た目だが出汁を吸った冬瓜の滋味は格別。和食の煮物が好きなら注文して損なし。
ゆでてつぶしたじゃがいもに炒めた挽き肉と玉ねぎを混ぜ、パン粉衣をつけて揚げた日本の定番惣菜。明治期にフランスのクロケットが和食化されたもので、ウスターソースをかけて食べるのが定番。
日本の定番惣菜。誰にでも馴染みやすい味。
なすを丸ごと直火や網の上で皮が焦げるまで焼き、冷水にとって丁寧に皮をむく日本の夏の定番料理。焼くことで生まれるスモーキーな香りと甘みが増したとろりとした果肉に生姜・鰹節・醤油を添える。
暑い季節にさっぱりした副菜として最適。なす嫌いも焼くと甘みが出て食べやすくなる。
皮が真っ白なナスの総称。皮が硬く果肉が締まっているが、加熱するととろりとやわらかい食感に変化し、色移りしないため様々な料理に使える。
紫ナスより甘みが強くとろける食感が好きなら注文しやすい。料理の色を邪魔しないので洋風の一皿にも使われる。
ヨーロッパ原産のフユアオイの変種でアオイ科の葉野菜。葉を細かく叩くと海苔のような粘りが出ることが名前の由来で、クセがなくどんな料理にも使いやすい。
オクラや納豆のようなネバネバ系が好きなら試しやすい。クセがないので初めてでも食べやすい。
イネ科の多年草マコモの根元に黒穂菌が寄生してできる肥大した茎を食べる野菜。タケノコやアスパラガスに似たシャキシャキ感とほのかな甘みが特徴。
タケノコ好きなら似た食感で楽しみやすい。秋限定の珍しい野菜として季節を感じたい人におすすめ。
「わかさぎとれんこんの酢漬け」は、国内第2位の湖面積を誇る霞ヶ浦の特産品である、ワカサギとれんこんを使った郷土料理である。 豊富な水と肥沃な湿地帯に恵まれた霞ヶ浦周辺では、古くかられんこんの栽培がはじまり、いまでは国内生産量日本一の産地として知られている。
に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
茨城県は、1年を通じて温暖な気候と豊かな水質を活かして、古来より農業が営まれ、さまざまな野菜が収穫されてきた“農業県”である。また一方で、県の沖合は、親潮と黒潮が交差する豊かな漁場で、季節ごとにさまざまな魚介が水揚げされる“漁業県”という一面も持つ。
茨城県は全国トップクラスの耕地面積を有し、れんこんやごぼう、ねぎなど、1年を通して、多くの野菜が収穫される。特に、霞ヶ浦の湖畔でのれんこん栽培は盛んであり、れんこんの作付面積・生産量ともに日本一。
海に囲まれた隠岐では、わかめやのりといった多彩な海藻類が収穫できる。水深0mから20m圏内に海藻がとれる藻場が広範囲にわたって分布している。
古くから愛知県では、かしわ(とり肉)を使った料理が好まれてきた。愛知県における養鶏は江戸時代後期からはじまり、発展をしながら、明治初期には、有名な「名古屋コーチン」が誕生。
茨城県では、1年を通じて温暖な気候と豊かな水質を活かして、古来より農業が営まれてきた。白菜、れんこん、ピーマンなど、全国トップクラスの産出額を誇るものも数多く、野菜から肉にいたるまで実にさまざまな食材がつくられている、まさに“農業県”である。
茨城県大洗岬から千葉県犬吠埼にいたる海域の鹿島灘は、親潮と黒潮がぶつかる潮目であるため、豊富な海の幸に恵まれる。鹿島灘の砂地が続く沿岸部では春ごろになると、産卵前の大ぶりなハマグリがとれる。
サンマやイワシを叩いて味噌とねぎを入れて焼いた漁師料理である。「パイタ」とは、舟を漕ぐ櫂(かい)のことで、船が手漕ぎだった時代に、船乗りが櫂(かい)の平らな部分で叩いて焼いたことから、カイイタ(櫂の板)が訛ってパイタと呼ばれるようになったといわれている。
大分県に根づく食文化の一つに、粉食文化がある。かつて、大分県は米づくりに適さない台地が多かったが、水路が整備されるようになってからは、小麦などの穀物栽培が盛んに。
一世帯当たりの鶏肉年間購入量が全国トップレベルの大分県では、古くから鶏肉を使った郷土料理が食べられている。かつて鶏肉が貴重だった時代のごちそうに「鶏汁」がある。
四国山地の中央部に位置する、山あいのまち大豊町。「こんちん」とは、ささがきしたごぼうをふんだんに小麦粉の生地に加えた大豊町の郷土菓子。
「おやき」は、小麦粉や蕎麦粉などを水または湯で溶いて練り、薄くのばした皮にあんや野菜など旬のものを包み焼いたもので、信州を代表する郷土料理。地域によっては「やきもち」とも呼ばれる。
「いりこ飯」は、いりこと呼ばれる煮干しを使った炊き込みごはん。瀬戸内海では、いりことなるカタクチイワシの漁が盛んで、とりわけ西讃(香川県西部)地域に位置する伊吹島周辺は有数のいりこの産地として知られている。
「さわさわ」は、こんにゃくを具材にした郷土料理である。汁気が多くさらさらと流し込める食感が訛り、そう呼ばれるようになったとされる。
「もっそうめし」とは、握ったごはんを指す。丸や扇などの木型に、すし飯や五目飯を詰めて押し抜いたごはんを「物相飯」と呼び、もともとは修行僧が集団生活を送りながら暮らしていくときに、一膳のごはんで全てを済ませる時の精進料理が起源とされている。
鶏肉と根菜類を炒めてから煮込む、全国的には「筑前煮」と呼ばれる郷土料理。福岡県博多が発祥とされ、佐賀県をはじめ九州各地の郷土料理として愛されている。
福岡県に伝わる郷土料理。地元の食文化に触れてみたい人向け。
「まめぶ汁」とは煮干しや昆布だしが利いた醤油系の汁に、身近な野菜や焼き豆腐などの具と、くるみの入った小麦粉の団子「まめぶ」を入れて煮込んだ久慈市山形町(旧山形村)の郷土料理。 凶作が続いた江戸時代に、「ハレの食事」の麺類に代わる代用食として、小麦粉にくるみの実を包んだ団子を食べていたのではないかと言われる。
「すき昆布」とは、三陸沿岸でとれた若い昆布をボイルして細くカットし、板状にして乾燥させたものである。昭和44年頃、沿岸部の普代村で昆布の養殖とすき昆布加工が始まり、保存食として県全体に広まった。
小麦粉を水で溶いたものを薄くのばし、ねぎ、紅しょうが、桜えび、天かす、海苔などを乗せて焼いたものに、最後に表面にしょうゆを塗る。くるくると巻いて提供されることもある。
「八杯汁」は、豆腐、干ししいたけ、ねぎを醤油味の汁に入れ、片栗粉でとろみをつける料理である。古くから冠婚葬祭や法事の時の精進料理として食されていた。
群馬は小麦粉の名産地。水はけのよい田んぼや冬に吹く乾燥した冷風・からっ風の影響を受けて元気に育ち、その生産量は全国トップクラス。
1983年、第38回国民体育大会「あかぎ国体」が群馬県で行われた。このとき群馬は「スポーツ県群馬」を宣言したほか、マスコットとして初代「ぐんまちゃん」が登場するなど、群馬にとって記念すべき大会となった。
群馬県の南部にある富岡市は自然豊かな街。赤城山、榛名山とともに上毛三山と呼ばれる妙義山があるほか、市の中心を利根川水系の一級河川・鏑川が流れている。
「耳うどん」は、佐野市葛生地区および宇都宮市城山地区に伝わる料理。うどんと言えば、一般的には長細い紐状をイメージするが、耳うどんは少し変わった形状だ。
祭りや農家の休日など、特別な日などに作られる「五目飯」。かんぴょうをはじめ、干ししいたけ、にんじん、ごぼう、絹さや、油揚げや錦糸卵など、色とりどりの食材が並ぶハレの日にふさわしい伝統料理だ。
野菜の入ったみそ汁に練った小麦粉や米粉を入れたものを一般には「すいとん」というが、全国各地に各様の「すいとん」があり呼び名も様々である。県内では那須塩原市の旧西那須野地区では「ばっとう汁」、那珂川町旧馬頭地区では「はっとう汁」といい、「法度汁」が訛ったものだといわれる。
人寄せからハレの日だけでなく、普段の食事でも家庭料理の献立として多くの人々に親しまれている料理。かつては豆腐店が近くにない山間地などでは、豆腐は自給せざるを得なかった。
切干し大根をかためにもどし、調味料を加えてゆっくり煮含めた料理。冬の栃木県は空っ風が吹き、晴れた日が何日も続くことから、切干し大根や芋がら(さといもの茎を干したもの)等の乾物がよく作られてきた。
日本における家庭料理の大定番、カレーライス。そのルーツの一説には日本海軍でふるまわれていた軍隊食だというものがある。
もやし、白菜、豚肉などを入れた野菜炒めにスープを入れ、とろみをつけてラーメンに乗せた、横浜発祥の麺料理。その名の由来や漢字については諸説あるが、一説によると「生馬麺」と書き、これは「新鮮でシャキシャキした素材を上に乗せた麵」の意味になるという。
味噌や醤油を使ったたれで牛肉を煮込んだ、横浜市発祥の鍋料理。すき焼きに似ているが、すき焼きは肉を焼いてから煮るのに対し、牛鍋は最初から具材をたれで煮る。
一口サイズのじゃがいも、そば団子、岩豆腐、丸こんにゃくを串に刺して味噌だれをつけて焼く「でこまわし」は、三好市祖谷地方の郷土料理。囲炉裏に串を立てて焼き、全体が焼けるようにぐるぐると串を回しながら作る。
米不足の時代、海陽町を含む県南部では、米のかわりに芋類を食べることが多かった。「出世いも」は、芋料理をさまざまに作る中で考案された郷土料理。
ボウゼの姿寿司やかきまぜ寿司、あめご寿司など、寿司の郷土料理を多く持つ徳島。そんな中、海陽町や牟岐町周辺では「押し寿司」が親しまれている。
大根、にんじん、油揚げ、ごま、れんこん、干ししいたけ、こんにゃくの7つの食材を三杯酢で和えて作る「ならえ」。由来は「七つの食材を使っているから」とも言われるが、もともとはここに野菜を塩漬け、酒粕漬けにする「奈良漬け」が入っていたとされており、徳島では奈良漬けを「奈良和え」、あるいは「ならえ」と呼んでいたことから、この名が付いたともいわれている。
みそで味付けた雑炊を指す「おみいさん」。その昔、みそを「みい」と呼んでいたことから、尊敬語の「お」と「さん」を付けておみいさんになったのだという。
徳島県では、「ばら寿司」や「豆天玉」など、金時豆を使った郷土料理が多く親しまれている。その中の一つである「でんぶ」は、「おでんぶ」「おれんぶ」「れんぶ」などとも呼ばれる五目豆のような一品。
昔、農村では米が少なく、徳島ではそばの実やそば米で代用した郷土料理が慣れ親しまれていた。その中の一つとされる「包飯」は、そば米雑炊とご飯を別々に炊いて、ご飯の上にそば米雑炊をのせ、混ぜて食べる。
節分の日に、その年の縁起の良い方角(恵方)を向き、太い巻き寿司を丸かぶりする風習がある。この巻き寿司のことを「恵方巻き」という。
岡山県の南西部に位置する浅口市鴨方町は、晴れが多い気候や、良質な水、塩、小麦が手に入ることから、江戸時代から手延べ麺の産地として栄えてきた。手延べそうめんの製造過程で麺の端に当たる部分を「ばち」と呼び、三味線のばちに似ていることからそのように名づけられた。
「とどめせ」は、炊き込みご飯に酢を混ぜた煮込み寿司。そのいわれは中世鎌倉時代までさかのぼる。
揚げたてのとんかつに、熱々のデミグラスソースをかけた岡山のご当地どんぶり「おかやまデミカツ丼」。岡山市の老舗「味司野村」の創始者が考案したといわれている。
新鮮なミックスホルモンをたっぷり入れ、味噌や醤油ベースのたれを絡めてうどんと一緒に焼き上げる「津山ホルモンうどん」。岡山県の北部にある津山地域は、古くから牛馬の流通拠点であり、歴史を遡ると西暦705年に津山で牛馬の市が開かれたとの記録が残っている。
岡山県の北東部に位置する勝英地域(美作市、勝央町、奈義町、西粟倉村)の黒豆は全国有数の産地。勝英地域で採れる黒豆を「作州黒」と名付けてブランド化を図っている。
豆腐飯は精進料理のひとつとして食べられていた料理で、主に商家で仏事の料理とされていた。材料が安く、しかも手に入れやすいため、郷土料理として各家庭で作られるようになった。
「かつめし」は洋食の皿に盛ったご飯の上に平たいビーフカツをのせ、その上にデミグラスソースをかけ、脇にゆでキャベツを添えた洋食であり、加古川の郷土料理である。 戦後間もなく、まだビーフカツが珍しかった頃、街の食堂で、「ナイフとフォークがなくても箸で気軽に食べることができる洋食」として考案されたのが始まりである。
薄くのばした生地に、味付けをしたジャガイモやすじ肉、こんにゃく、キャベツなどをのせて焼いたものを半分に折ったお好み焼きのことを高砂市では「にくてん」と呼んでいる。 家庭料理として食べられている。
焼き餃子には酢や醤油、ラー油を合わせたタレをつけて食べるのが一般的だが、神戸では味噌ベースのタレをつけて食べる「味噌だれ餃子」が広く食されている。 第二次大戦前、満州に住んでいた日本人の間では、当時、中国人が食べていた水餃子ではなく、焼餃子が好まれていた。
「八寸」は安芸門徒(広島県西部地方の浄土真宗門徒)の多い地域で食された、山の幸と海の幸を組み合わせて作られた煮物である。 名前の由来は、盛りつける漆器の直径が八寸(約24センチ)ということからという説や、「8種類の=多くの」材料を使っているからという説がある。
「もぶり」の名前の由来は、広島の方言で「混ぜる、混ぜ込む」を意味する「もぶる」であると言われ、地域により「もぶりご飯」「もぐり飯」とも呼ばれる。炊いたご飯に干ししいたけ、ごぼう、にんじん,黒豆、さやいんげんなどの野菜を混ぜ込んだもの。
四角い木でできた型枠に酢飯と具を詰めて作る押し寿司の一種で、広島県広島市安佐北区周辺や、芸北地域で食べられている。木枠から押し出すと6~8個の同じ大きさのものが同時にでき、出来上がりが四角いため、角寿司と呼ばれるようになった。
一般的な「肉じゃが」といえば、じゃがいも、牛肉、玉ねぎをメインに、にんじんや絹さやなど家庭によって異なる具材をしょうゆと砂糖で味付けした煮物であるが、「呉の肉じゃが」はじゃがいもにメークインを使用し、牛肉、糸こんにゃく、玉ねぎと決まった具材で作られるのが特徴。肉じゃがのルーツは、かつて東郷平八郎元帥がイギリス留学中に食べた「ビーフシチュー」を艦上食として作るようにと部下に命じ、調理員が当時貴重だった赤ワインのかわりにしょうゆを入れるなど試行錯誤を重ねた結果、「甘煮」が生まれたのではないかという説がある。
かきの養殖が盛んな江田島市周辺で作られるようになった、かきの旨味をふんだんに楽しめる炊き込みご飯。 広島のかき食の歴史は長く、古くは縄文・弥生時代から天然のかきを食べていたことが、貝塚から出土した殻により分かっている。
キャベツ餅は郡山市の逢瀬地区で80年以上前から食べられている郷土料理である。米やキャベツを育てている農家が自給自足を行う中で生み出したといわれている。
「ざくざく」は「ざくざく煮」「ざくざく汁」とも呼ばれ、江戸時代頃から親しまれている郷土料理の一つである。『俳諧製法の事』によれば、ざくざくは「菜を細かく切ったもの」を指すとされていたが、その後食材をざくざくと角切りにした汁物という認識に変化していったとされる。
福島県では長年にわたり、さまざまな野菜が栽培されてきた。全国的に生産されている野菜もあれば県独自のブランド野菜も多く、これらは伝統野菜として受け継がれ続けている。
つゆ煮しめはだし汁に野菜やにしん、豆腐などを入れて煮込み、醤油や砂糖で味付けしたもの。地域によっては「つゆじ」「ことじ」などとも呼ばれている、南会津周辺の郷土料理の一つである。
「どんこ」は北海道の函館周辺から福島県浜通り地方の沿岸に生息している魚。正式名称は「エゾイソアイナメ」といい、価格帯が手頃でおいしいことから、県内の家庭でよく活用されている。
山口県の郷土料理として県内各地で食されている「けんちょう」は、豆腐とだいこん、にんじんを煮たシンプルな料理。家庭に伝わっている料理で、地域や家庭によってサトイモや油揚げ、こんにゃく、鶏肉、シイタケなどのさまざまな具材を入れることもある。
山口県の東南部の周南市を始めとする、周南地域に伝わる郷土料理「つしま」。由来には諸説あるが、江戸時代、周南市の櫛ヶ浜の漁師が朝鮮通信使を案内する役目を仰せつかり、その時に作られた料理で、朝鮮通信使の外交窓口が対馬藩(長崎県)であったことから、「つしま」と呼ばれるようになったとされる。
山口県外の他地域でも郷土食として根付いている「茶がゆ」は、奈良地方が発祥と言われている。山口県では、17世紀の初頭、岩国藩主・吉川公が米の節約のために奨励し、柳井市、周防大島町はじめ県内各地に広まったとされている。
山口県の最東部に位置する岩国市は、風光明媚な自然の歴史と文化が残る城下町の趣が美しい街。特産品の岩国れんこんは、一般的なれんこんの穴が8つのところ、9つの穴があるのが特徴。
日本全国で食されている「ぬた」は、ねぎと酢味噌をあえたものが一般的だが、地域によって使う食材に特色が出る郷土料理である。中でも山口県の北部、北浦地域ではねぎとオバイケの取り合わせで作られることが多い。
瀬戸内海と日本海に面する山口県では、古くから海の恩恵を受け、海の幸を使用した加工食品も発展してきた。萩地域では、かまぼこの歴史は特に古く、寛永17年(1640年)に長州藩初代藩主・毛利秀就公を主客とする茶会で献上されたことが記録として残っているほどである。
学校給食から県内全域に広まり、山口県民のソウルフードとなった料理。一口サイズの鶏の唐揚げと素揚げしたごぼうを甘辛いタレで絡めており、ご飯に合うと子ども達から人気だ。
伊豆地域で祭りなどのハレの日に作られる郷土料理。元々は漁師飯のため、地元で捕れたサバを使う。
国内で桜エビが水揚げされるのは駿河湾だけ(※)であり、静岡市の由比港と焼津市の大井川港のみである。桜エビ漁はアジの綱引き漁に偶然桜エビが入ったことから、明治27年から始まった。
県内の主な養殖ウナギの産地は、浜名湖周辺と大井川流域の2カ所があり、吉田町は大井川流域の産地にあたる。吉田町におけるウナギの養殖は、大正時代に度重なる大井川の洪水で稲が育たなくなり遊休水田となった地に養鰻池を築造して、大井川の伏流水を利用したことからスタートした。
おざくは、里芋、大根、にんじんなどの野菜をだし汁と醤油、砂糖で煮た野菜の汁物である。結婚式や葬式、祭りなど人が集まるときに、隣近所がそれぞれの畑で収穫した野菜を持ち寄ってつくった郷土料理。
長崎県浦上地区が発祥の郷土料理。 1500年後半、浦上地区でキリスト教を布教していたポルトガル人宣教師が、当時肉を食べる習慣がなかった信徒たちに「健康にいい食べ物」として豚肉を食べさせようと作られたのがはじまりといわれる。
長崎県の離島・壱岐の代表的な郷土料理。 かつて壱岐の農家では、盆・正月・祭りの日に客が訪れると、自宅で飼っていた滋味深い鶏をさばいて鍋料理をつくり、奥の座敷に引き通してもてなしていた。
古くから大村市に伝わる郷土料理。 室町時代、戦に敗れ領地を奪われた大村純伊(おおむらすみこれ)が、反攻して領地を奪還し帰還した際に、領民らがそれを祝うために押し寿司を作り供したのが起源とされている。
落花生の名産地として知られる長崎県大村市の郷土料理。 具材のひとつとして薄皮つきのゆで落花生を入れるのが特徴の煮込みで、江戸時代に大村市一帯のもてなし料理として作られていたのが、いまに伝わったとされている。
島原地域と対馬地域に江戸時代から伝わる郷土料理。調理方法に多少の違いはあるが、どちらの地域でもさつまいもから作った粉をこねてうどん状にして、つゆに入れた料理である。
全国的に知られる長崎名物の麺料理。 1899(明治32)年、中華料理店『四海樓(しかいろう)』の店主・陳平順(ちんへいじゅん)氏が中国人留学生に安くて栄養があるものを食べさせようと、鍋で野菜や肉の切れ端などを炒め、そこに中華麺を入れて濃いめのスープで煮こんだボリュームたっぷりの料理を作ったのがはじまりとされている。
長崎県の島原半島に伝わる郷土料理。 「いぎりす」は、材料や作り方は若干異なるものの、愛媛県今治地方に伝わるイギス藻を使った料理「いぎす豆腐」がルーツだといわれている。
「もろぶた寿司」は長崎県の県北地域に古くから伝わる押し寿司。 由来は大村市に伝わる「大村寿司」と同じで、室町時代に戦に破れ領地を奪われた大村純伊(おおむらすみこれ)が反攻して領地に帰還した際に、領民らがそれを祝うために押し寿司を作り供したのがはじまりといわれている。
「鼻はじき」は諫早地区に伝わる郷土料理。 一枚の皿にさまざまな食材を放射状に並べ、それを辛子酢みそをつけながら食べる。
「ぬっぺ」は諫早地区に古くから伝わる郷土料理。 実は、これに類する料理は日本各地に存在している。
長崎では縄文時代から捕鯨が行われており、江戸時代には大村湾の東側に位置する彼杵(そのぎ)が古式捕鯨の中心地として栄えた。それにともない長崎では鯨を食す文化が根付き、古くからさまざまな鯨料理が生まれている。
「茹で干し大根とかんぼこの煮物」は西海市の郷土料理。「茹で干し大根」と「かんぼこ」の組み合わせが長崎ならではの味わいをうみだす。
「くりつぼ」は、昔から川棚町と東彼杵町で食べられてきた地域伝統の煮物料理。 名称の「くりつぼ」の「くり」は具材に栗を使うことからきており、「つぼ」は料理を盛るおわんを坪に見立てていることからきている。
「つぼ汁」は、西海市雪浦地区の郷土料理。地域によって「いんげん汁」や「つぼき」と呼ばれている。
親子丼とは煮立てただし汁と調味料で鶏肉と玉ねぎを煮たのち卵でとじた具を白飯にのせたどんぶり料理。 起源については諸説あるとされるが、東京においては明治20年頃、軍鶏料理専門店「玉ひで」で鶏すきの締めに残った肉と割り下を卵とじにしてご飯とともに食べていた客がおり、これを「親子煮」と呼んでいた。
「いもようかん」は、主な使用食材のさつまいもを蒸して練り上げ成型させたもの。明治時代に、浅草にある芋問屋と菓子職人が一緒に作り出した和菓子である。
「きんぴら」の名は、江戸時代に流行した古浄瑠璃「金平浄瑠璃」の主人公で、金太郎で有名な坂田金時の息子という設定の「坂田金平」に由来していると言われる。ごぼうのしっかりした食感や歯ごたえ、唐辛子のピリ辛さを坂田金平の強さや勇ましさに例え、「きんぴらごぼう」と呼ばれるようになったとされる。
明治時代に始まったと伝わる「ちゃんこ鍋」。ちゃんことは、力士たちが食べる料理のことで、ちゃんこ鍋は一度に大量の食事を作れる力士たちの体を作るために欠かせない料理だ。